2006年4月 2日 (日)

シンクロナイズドチワワの奇跡

私がナゾの高熱で点滴を打った数日後。

回復の兆しを見せた私と入れ替わりに、チワワの丸ちゃんが体調を崩した。

30分おきにゲロを吐き、ぐったりとしてブルブル震え、

お腹もゴロゴロ鳴っている丸ちゃんを見て、

「これは私の病気が伝染ったのか?」と思い、

すぐさま行きつけの動物病院に連れて行った。

そこは、院長先生1人で経営しているこじんまりとした小さな動物病院。

待合室で待っていると、

「どうしました?」

と、自分も小動物みたいな顔をした可愛らしい院長先生がたずねてきた。

丸ちゃんの容態を説明する。

「どうぞこちらへ。」

と診察室に通された。

診察台の上で聴診器を当てられる丸ちゃん。

「便は出てますか?」

と聞かれ、

「出てないです。でも、お腹がゴロゴロいってます。」

と伝えると、

「もしかして、さっきゴロゴロ鳴ったのはこの子?」

と先生が言った。

私には聞こえなかったが、この”とっとこハム太郎"みたいな院長先生の耳には

何か聞こえたらしかったので、とりあえず話しを合わせる。

       私 「たぶん、この子です。」

すると、

         「ゴゴゴ・・・」

という音が、今度は私にも聞こえた。

     先生 「ほら、また鳴った!」

      私  「あ、ほんとだ。」

するとまた、

         「ゴゴゴ・・・」

     先生 「ほら、また!」

      私  「あ、ほんとだ。」

こんな会話が2~3回繰り返された時、

「ん・・・?」

と、あることに気づいた。

その「ゴゴゴ」という音は、

丸ちゃんから聞こえてるのではなく、

私から聞こえてる音だったのである。

私の内臓は、たまに空気が入ったように「ゴゴゴ」という音を立てることがある。

よりによってこの絶妙なタイミングで鳴り出したのだ。

その「ゴゴゴ」という音が鳴るたびに、

丸ちゃんに耳を当てて

「また鳴った!」

と盛り上がっている"とっとこハム太郎"を見て、

今さら

           「それ、私の音です。」

とは言えず・・・。

そして、

しゃべれば「ゴゴゴ」という音が激しくなるのがわかっていたので、

私はその瞬間から、俄然無口になった。

「原因はよくわからないけど、とりあえず水分とビタミンを補給してあげましょう。

今日明日はエサも水もあげないでください。」

と言いながら、ハム太郎は丸ちゃんに点滴の針をプスっと刺した。

何日か前にもこんな光景を見たなと思いつつ、

夜に丸ちゃんの様子を連絡すると先生に約束して家に帰った。

その日の夜、

丸ちゃんはすっかり元気になり、

私は動物病院に電話をした。

   私 「あれから一度も吐いてないし、だいぶ元気になったみたいです。」

  先生 「そうですか。

           ・・・で、お腹の音は?」

   私 「え・・あ・・・、なんか、もう、大丈夫みたいです。」

         "わたしの内臓"

と心の中で付け足して、ちょっぴり罪悪感にさいなまれつつ、電話を切った。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年3月31日 (金)

No.1230の奇跡

私は、

           "1230"

という数字に強い思い入れがある。

なぜかというと、

私の人生の中で大きな節目となる日が2回あったのだが、

それが2回とも

             "12月30日"

だからだ。

その日は、自分の中でとても大きな変化が起こり、新しいスタートを切った記念すべき日。

年の瀬のどさくさにまぎれて、密かに、かつ劇的に生まれ変わった忘れられない日。

私の第2の誕生日みたいなものである。

だから私は、"1230"という数字を好んでよく使う。

そしてこの前、

自宅で保険の代理店をしている父親に、

仕事で使うシステムを自宅のPCにダウンロードしてくれと頼まれた。

父はPCの操作が苦手なため、何かと私に頼んでくる。

面倒くさいなぁと思いつつ、しぶしぶ引き受けてPCの前に座った。

「悪いねぇ、忙しいのに」

と、私の横で申し訳なさそうにちょこんと座っている父。

作業を進めていくと、

パスワードを入力する画面が出てきた。

       私 「パスワードは?」

       父 「え?」

       私 「パスワード。」

父はなぜかメモ用紙に数字を書いて私に渡した。

そこに書かれていた数字は、

             "1230"

       私 「えっっ??1230なのっ??」

       父 「えっ・・あ・・」

       

ビックリして思わず声を荒げてしまった私に、

「キレられた」と勘違いしおびえる父。

   私 「なんで1230なの??覚えやすいから??覚えやすいから??」

私の中で、父が"1230"を使う理由は、「覚えやすいから」という理由以外思いつかなった。

なぜなら彼は、パスワードとか名前とかにまったく執着がない。

わかりやすい例のひとつに、うちのチワワの丸ちゃんの名付け親も父だった。

丸ちゃんはお姉ちゃんからの父への誕生日プレゼント。

とりあえずもらった当人が名前をつけるのが筋だろうということで、

父が考えた名前が「丸」だった。

名前の由来を聞いたときの彼の答えはこうだった。

      「呼びやすいから。」

そんな父は、丸ちゃんに一番好かれていない。

そして今回の”1230"の理由も

     「覚えやすいから」

に違いないと思ったら、理由はこうだった。

     「最初からそうだったから。」

答えの意味がよくわからなかったが、

やっぱりそこにはなんの執着もなかった。

うん。それでいい。

私の中で

            "1230"

という数字がさらに深い意味を持つものになったというだけで・・・。

   

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年3月29日 (水)

「プラナリア」の奇跡

私はいつも、外出する時には必ず本をカバンに入れていく。

電車に乗っている時や、ヒマな時間ができたときに読むためだ。

その日も出掛けに、本を一冊本棚から適当に選んだ。

書店のブックカバーがかかった単行本。

なんの本かはわからなかったが、とりあえずカバンに入れた。

待ち合わせに友人が来るまで少し時間があったので、

さっそくカバンから本を取り出した。

タイトルも見ずに持ってきたその本は、

山本文緒の「プラナリア」という小説だった。

    「そういえばこんな本買ったな。なんで買ったんだっけ?」

その本は、「プラナリア」を筆頭に5編の短編小説から成っていた。

去年の夏に買って以来、一番最初の「プラナリア」だけを読んでずっとそのままになっていた。

確か、こんな内容の話しだったなと「プラナリア」の内容を少し思い出しつつ、

次の小説「ネイキッド」を読み始めた。

読み始めてビックリ。

その小説の主人公の状況が、今の私とそっくりなのである。

細かい設定は微妙に違うものの、

主人公の置かれている立場、感情、行動、言動、生活、

主人公を取り巻く周囲の人たちの反応など、

すべてが似ていて、手に取るように理解でき、共感しまくり、切ない思いに涙した。

その主人公は、

まるで人生のエアポケットに落ちてしまったかのような、

かわいそうな感じの人なのである。

フツー、

こういう場合、

 

      「あぁ~、私と同じ境遇の人がいるんだ!私もがんばろう!」

と前向きになってめでたしめでたしである。

・・・が、

とんでもない。

この話しの結末は、

ハッピーエンドでもなんでもなく、

主人公が救われるでもなく、

決して前向きになれるような話でもなく、

どちらかというと、

 

   「あぁ~、私と同じ境遇の人がいるんだ!そしてやっぱり救われないんだ!」

と、

むしろテンションを下げられて終わる勢いだった。

が、しかし!!

そんなことは問題じゃない!!

ポイントはそこではないのです。

私はこの本を去年の夏に買った。

でもなぜかその時は「プラナリア」だけしか読まなかった。

そして2006年の3月のある日、

私は本のタイトルも見ずに、無意識に「プラナリア」を選んでカバンに入れた。

そして「ネイキッド」を読んだ。

それは、「今」じゃなきゃダメだったから。

去年の夏に読んでも、

たぶん私はここまでこの本に感銘を受けなかったと思う。

ここまでいろんなことが理解できなかったと思う。

ウフフフフフ。

顔がにやけてしまう。

本の内容なんてどーでもいい。

      "私が必要としたときに、この本が目の前に差し出された。"

という事実。

そのプチ奇跡が起きたことが嬉しくてたまらないのだ。

そして、

そのプチ奇跡をここに書けることが、嬉しくてたまらないのだ。

ありがとう。

私は今、嬉しいのです。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

日記・コラム・つぶやき