2008年11月28日 (金)

「信じてくれてありがとう」の奇跡

先日、

「きっと誰も信じてくれないだろう」と思い、

ずっと言えずにいたことを友人のYさんに話した。

するとYさんは信じてくれた。

「よく今までずっと誰にも言わなかったね」

と言ってくれた。


帰り際、

ちょっと照れくさいなと思いつつも、

本当に嬉しかったので、


「信じてくれてありがとう!」

とYさんに言った。


その2日後。

テレビに出演していた某歌手の歌の最後の歌詞が、

「信じてくれて ありがとう」

だった。


たぶん、誰かにこんなことを言ったのは今回が初めてだと思う。

(基本的にすぐ人に話しちゃう方なので・・・)


でも、やはり怖かった。

私が嫌われてしまうかも知れないととても不安だった。

だからこそ、

本当に、

「信じてくれて ありがとう」

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2008年11月26日 (水)

そういえばメンズエステ・・・の奇跡

今年の6月、

同じ部署でなおかつ私の隣りの席のYさんに、

部署のみんなでお誕生日プレゼントを贈った。


プレゼントは高級メンズエステのクーポン。

Yさんならきっと喜んでくれるだろうというみんなの総意のもと、

代表で私が買いに行った。


半年以上経ったある朝、

出勤前にふとそのことを思い出した。


「あれ、そういえば、Yさんエステ行ったのかな?」


そして、自分が買いに行ったときに度肝を抜かれた、

あの高級感溢れる重厚な店構えなどについてあれこれ思い出していた。


そして会社に出勤し、仕事を始めようとデスクに座ると、

お隣りのYさんが私に言った。


「そうそう!あれ、昨日行ってきましたよ。」


私はなんのことかさっぱりわからず、


「え?なんですか?」


と聞き返すと、

「リフレクソロジー!」


と言われ、


それでもなんのことかわからず、


「え?なんて?」


と聞き返し、


「マッサージ」


と言われて、


ようやくメンズエステのことだとわかった。


Yさんはあの高級感溢れる重厚な店構えについてなどを嬉々として報告してくれた。


私は、

「ああいうのリフレクソロジーっていうのね~。」

なんて感心しつつ、

「でも、Yさんが昨日行ったことを私は今朝すでに察知していたのよ~」という

プチ奇跡を密かに喜んでいたのだった。


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2008年11月24日 (月)

市原隼人の奇跡


今回のタイトル、


「え?何?ルーキーズの話?!」


と一瞬期待してしまった方、

このエピソードには、

「ルーキーズ」も「GREEEEN」も一切出てきませんので悪しからず(笑)

今日、テレビをザッピングしていると、


筆で書かれたモノトーンの絵がどアップで目に飛び込んできて、

思わずチャンネルを変える手を止めてしまった。


「これ、誰が書いた絵だろう?」


とても気になって、引き続きその番組を見ることにした。


その番組は、芸能人が書いた絵をオークションにかけ、

その売り上げ金でカンボジアに小学校を作ろうという内容らしかった。


そして、

なぜかグッと私の心をつかんだその絵の作者は、

「市原隼人」

だということが判明した。


「へぇ~、彼ってこんな絵も描くんだ」


なんて感心して観ていると、


私の脳の記憶の糸がチ一本一本チリチリと繋がっていく感覚に襲われた。


そして、記憶の糸がパチンッという音を立てて一本の太い糸に繋がった瞬間、


ある一つの記憶が私の中に鮮明に甦った。


「あぁ・・・!!そういえば!!」


私は寝室に置きっぱなしになっていた携帯を慌ててとりにいき、


テキストメモのページを呼び出した。


それはだいぶ前に強烈に印象に残った夢をメモしたものだった。

そのメモには、

「市原隼人が箱の中に住んでいて、

ある風景写真に筆で字を書くのかと思いきや、

風景をなぞりだし、よく観るとそれが人の顔を型どっていて、

天才だと思った」


と書かれていた。


このメモだけ見たら、何のことやらさっぱりわからないと思うが、


夢の中で見た映像と合わさると、


今日テレビ画面で見た筆で書かれた絵のイメージが、

見事に重なっていてビックリしたのだ。


その夢を見たときも、今の今までも、


市原隼人が筆で絵を描く人だなんてまったく知らなかった。


だから余計に、


「なぜ市原隼人が私の夢に?そして、なぜ筆で絵を描いてたんだ?」


と不思議に思い、

なんだか無視できない気がして思わずメモしてしまったのだ。


そして、そのメモの続きには、


「そして、私は自分のやりたいことについて熱く語っていた」


と書かれていた。

それは、まさに今の私の心境を映し出しているようだった。


神様は、市原隼人を使って私に教えてくれたのかも知れない。


「そうそう、それでいいんだよ。今がそのタイミングなんだよ!」


ということを。

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2008年11月 6日 (木)

天狗で大盛り上がりの奇跡

先週、

会社の先輩のYさんと二人で、品川の天狗で飲んだ。

最近職場のことで色々あり、

お互いしんどかったのだが少しそれも一段落しそうな雰囲気だったので、

プチおつかれさま会をやろうということで急遽私から誘ったのである。


Yさんとは年はすこし離れているのだが、異常に仲が良く、

前から不思議な縁を感じる人だなぁと思っていた。

その日、私たちは初めて二人だけで飲みに行ったのだが、

鬼のように盛り上がってしまい、

しゃべりっぱなし、笑いっぱなしで、気づけば4時間もたっていた。

Yさんがふと、メニューにデカデカとあるカキの写真を指差し、

「ねぇ、去年、オイスターバー行ったよね?」


と言い出しだ。

「行った、行った!私の歓迎会で!品川のオイスターバー!」


私は今の会社で働き始めたのがちょうど一年前で、

去年、私の歓迎会ということで、部署の人たち10人くらいでオイスターバーに行ったのである。


「あれから一年経ったんだね~!早いね~!」

「しかも、あの日も隣りの席でこうして二人でテレビの話とかして盛り上がってたよね?」

「そうそう。ってゆーか、あの日も水曜日じゃなかった??」


よくよく思い出してみると、オイスターバーに行ったのは、

一年前の今日とまったく同じ日だったのである。

あの日も、私たちは二人並んで座っていた。

でもあのとき、

まさかYさんとこんな風に仲良くなり、二人で「天狗」に飲みに行く日が来るなんて

思ってもみなかった。

そして私たちは、プチ1周年記念!ということで再び大盛り上がりをして、

二人プチ打ち上げを終了した。

奇しくも1年前の歓迎会と同じ日ではあったけれども、

天狗であれだけ盛大に盛り上がれる30オーバーの女子二人は、

私とYさんぐらいじゃないかと思った。


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2008年11月 3日 (月)

エキセントリックFさんの奇跡

ある日、

知り合いのFさんのことをふと思い出した。

Fさんは役者をしているのだが、

プライベートで仲良くするほどの関係ではなく、

ふだん連絡を取り合うことは一切なかった。

Fさんは、

一見大人しくて物腰の柔らかい雰囲気とは裏腹に、

なんともコミカルで不思議な動きをし、

「一体この人のどこにそんなエネルギーが隠されているのだろう?」

と思ってしまうほど、

鬼気迫るエキセントリックな演技を見せ、観る人を釘付けにしてしまう、

とても魅力的な役者さんだった。

ふと、

Fさんが舞台に1人で立っているシーンが思い出され、

それは1日のあいだに何度も何度も繰り返された。

「Fさんて不思議な魅力のある役者さんだったよな」

なんて思っていた。

そしてその翌日。

私のケータイに一通のメールが届いた。

それはある劇団からの公演情報。

何気なく出演者リストを見てみた。

リストの中には、

昨日からやたらと私の脳にも出演していた

Fさんの名前が!


やっぱりな~!

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2008年10月26日 (日)

ミニ朝日新聞の奇跡

うちは新聞を取っていない。


結婚と同時に新居に引っ越してから1年以上が経つのだが、

新聞がなくても生活に支障はなかったので、

ずっと後回しになっていた。


でも最近、無性に新聞が読みたくなり、ダンナとこんな会話をした。

「うち、いいかげん新聞とらない?やっぱ新聞ないのキツイと思うんだ。」

「オレもそう思う。やっぱとるなら朝日がいい。」

「無料お試しキャンペーンとかやってないのかな?」

「朝日新聞に問い合わせてみようよ」


会話はそこで終わり、結局その日は問い合わさないまま翌日を迎えた。


会社から帰ってきて、ポストの郵便物をチェックした。


すると、

数通の郵便物にまぎれて、


「ミニ朝日新聞」


という宣伝用の朝日新聞がポストに入っていた。


ミニ朝日新聞の包みには、


「7日間無料お試しキャンペーン実施中!」


の文字。


ラッキー!!


今まで朝日新聞の広告が入ってきたことは一度もなかったのに、

「ほしいな」と思ったとたんに、向こうからやってきた。


ナイス引き寄せ(笑)!!

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2008年10月 6日 (月)

阿佐ヶ谷のガネーシャの奇跡

先日、「夢をかなえるゾウ」というドラマを見た。

そのドラマの中で、

小栗旬扮する主人公の男性が、

自宅に住み着いた「ガネーシャ」という関西弁を話すゾウの神様に向かって、


「オレ、変わりたい!」


と懇願するシーンがあった。

そしてガネーシャはその主人公に課題を出すのだが、

一番最後に出す一番大事な課題が、


       「感謝する」

ということだった。


そのシーンを見て、私は5年前のある出来事を思い出した。


5年前、私は自分のことが大キライだった。

常に自分と人とを比べては落ち込み、嫉妬し、怒り、不安にかられ、

何をしていても、誰といても、心の底から満たされることはなく、

でも、プライドだけは高くて、

どこか人をバカにしたような態度を装って、ダサイ自分を必死で隠していた。


当時、言葉に出して言ったことはなかったけど、心の底に浮かび上がる言葉はいつも、


     「苦しい」


だった。


そして、「苦しい」という状態は、自分の中でどんどん顕在化してゆき、

それと同時に私の中である一つの強い意志が芽生えていくのがわかった。

それは、

      「変わりたい」


という強烈な思い。


気づくと、いつも心の中で、

「私は変わりたい。私は変わりたい。私は変わりたい・・・・・」

と呪文のように唱えている自分がいた。


そのうち、


「私は変わりたい。」


「私は変われる。」


「私は変わる!!」


と、

その呪文は唱えるというより、もはや決意表明のようになり、

挙句の果てには、


「私は変わる」


という言葉をノートいっぱいにエンドレスに書きなぐったりしていた。


このへんから、完全に正気の沙汰ではなかった。


しかし、

そんなことをしても、

いっこうに変わる気配はなく、相変わらず満たされない日々を過ごしていた。


それから2ヶ月ほどがたった年の瀬のある日。

当時、ある一つの夢を目指して一緒に仕事をしていた仕事仲間2人に呼び出され、

私たちは居酒屋に行った。


仕事の話をするのかなと思いきや、

仲間のCはノートを見ながら、

いつも優しいCとは思えないほど怖い顔と怖いしゃべり方で話し出した。

話の内容は、

私の今までの言動や行動、態度が、どれだけ非常識でありえないか、

どれだけ場の空気を悪くし、人に迷惑をかけているか、ということについて。

Cのノートには8ページにわたって私へのコメントをまとめたものがビッシリ書かれていた。

最初、

何が起きているのかわからず、頭が真っ白になった。

「なに?なんで?私の何がいけなかったの?」

という思いばかりが頭をぐるぐる回り、

なんで自分が二人に糾弾されているのかがまったく理解できなかった。


Cの容赦ない追及に対して、理解できない私はとんちんかんな答えを繰り返すばかり。


あきれ果てたCは言った。


「gbuには感謝の気持ちがないんだよ!!」

私はとんかちで頭を殴れたようだった。


「感謝?今まで感謝してたつもりだけど・・・ちがうの?」

店を出て当時住んでいた阿佐ヶ谷のアパートに帰るまでの間、

私の脳は完全に思考停止状態だった。

信頼していた仲間に突然自分を全否定され、

自分の何がいけなかったのかも理解できないまま、

部屋に帰っても、ひたすら放心しコートも脱がずにただ鏡に映る自分を眺めたまま立ち尽くしていた。

「感謝ってなんだ?」

私はおもむろにノートを取り出し、まるで何かに突き動かされるように、

一心不乱にペンを走らせた。

生まれたときから今までに、家族や友人、先生、先輩など、私と関わった人すべてにしてもらったことを、

思いつく限りすべて書き始めたのだ。


飲まず食わずで丸一日部屋にこもりっきりで私はひたすら書き続けた。


書いてる途中、突然何かがスコーンと抜け落ちたような感覚に陥った。


「あ、これだ・・・」


私の中で、「感謝」の本当の意味が腑に落ちた瞬間だった。


それから、今までせき止められていた私の中の暖かい血が、

一気に全身に流れ出した。血が入れ替わった瞬間。

「私はホントの意味での感謝の気持ちとか、謙虚さというものをすっかり忘れていた。

恵まれた環境にアグラをかいているだけのただの勘違い野郎だったんだ!」


その日を境に、

私の心の中の「苦しい」は、すっかり消えうせた。

すべての人や物、出会いや出来事に感謝の気持ちを持つことにより、

「自分は生かされている」という謙虚な気持ちでいられ、

目に映るものすべてが色を持ち、温度を持ち、心を持ち、世界が豊かになった。

それはつまり、私が本当の意味で満たされ、変わったことを意味するのだった。


その数日後、

しばらく会っていなかった私の友人から一通のメールが届いた。


「昨日、gbuが国民的美少女コンテストに優勝し、
今までの忌まわしい過去をすべて抹消して、清々しい女性に生まれ変わったという夢を見た」


すでに国民的美少女コンテストに応募できる年齢では到底なかったので、

そこは無視するとして、

私の変化をいち早く察知した友人からのメールに驚かされた。


私が「変わりたい」と思ったときに、私の阿佐ヶ谷の部屋にガネーシャはいなかった。

でも、私は変われた。

実は、ガネーシャはいつでも私たちのそばにいて、「変わりたい」と心底願えば、

思いがけない方法を使ってその望みを叶えてくれるのかも知れない。

もっと言うと、

自分が望めばその望みは必ず叶えられる。


つまり、

ガネーシャは自分の中にいる、ということ!


私が変わるきっかけを与えてくれたCには、心の底から感謝している。

もちろん、Cは今も私の戦友であり、親友であり、恩人である。

本当にありがとう。

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2008年9月24日 (水)

結婚式メイクリハの奇跡

ちょうど1年前、私は結婚式を挙げた。

そして、

結婚式の10日前に、メイクリハーサルというのをやった。


私も初めて知ったのだが、

メイクリハーサルとは、

式当日とまったく同じドレスを着て、髪型やメイクも本番さながらにやってもらうという、

言わば花嫁だけのリハーサルみたいなもの。

式本番を安心して迎えるためには、重要な準備のひとつだ。

しかし、

メイクリハーサルの前に、私は何度か式場に足を運び、

ヘアメイクやスタイリストの方々と打ち合わせをした。

そこで強く感じたことがある。

ヘアメイクやスタイリストの人柄は、

その日の花嫁の気分を大きく左右するということである。

特に近くで自分の顔や髪の毛に触るヘアメイクは一番大事だなと。


メイクリハーサルの日取りが決まり、

「結婚式当日はいいヘアメイクさんがついてくれるといいなぁ~」

と心から願っていた。


そんなある日、

何気なく見ていたテレビで、雪山を舞台にした映画の宣伝が流れていた。

ふと、ある人のことを思い出した。

5年ほど前に、私が役者の仕事をしていたとき、1週間ほど毎日現場をともにした

Nさんというヘアメイクさんのことだった。

Nさんはとても気さくで、ノリがよく、

常に私たちを気持ちよくしてくれる高橋克典似のとても楽しい女性だった。


Nさんが当時、雪山で撮影をしたときの話をしていたのを思い出し、

5年前の現場の記憶が一瞬にして甦ったのだった。


「Nさん、元気かな?Nさんみたいなヘアメイクさんだったらいいなぁ」


と、そのとき何気なく思った。

そして数日後。

メイクリハーサルのために式場となるレストランに出向いた私は、

式場の担当者にメイク室に案内された。

背を向けてメイクの支度をしている女性の前に連れて行かれ、


「こちらがヘアメイクさんです」


と、紹介された。


振り向きざまに会釈をし、

顔を上げたそのヘアメイクさんの顔を見た瞬間、


「あぁっ!!!」


と私は心の中で叫んだ。


目の前には、つい最近鮮明に思い出した、高橋克典似の女性が立っていたのである。

そう、その女性は、5年前私のヘアメイクをしてくれたNさんだった。

最初、Nさんは私に気づかず、

「初めまして、よろしくお願いします」

と挨拶をした。


すかさず私が

「前にお会いしてますよね?5年くらい前に○○の現場で・・・」

と当時のことを話すと、


「あぁーー!!あのときのっ!!」


とNさんは私のことを思い出してくれた。

あまりにも当時の私と雰囲気が変わっていたので、同一人物だとわからなかったのだそうだ。


しかも、よくよく話を聞いてみると、

Nさんはその日、本当は入っていなかったのに、

来る予定だった別のヘアメイクさんが急遽来られなくなってしまったため、

代わりに入ることになったのだそうだ。

そして、その式場では、

メイクリハーサルを担当した人が当日のヘアメイクを担当する決まりになっているらしく、

式当日もNさんが私を担当してくれることになった。


Nさんはしきりに、

「こんな偶然ってあるんだね~!!」

としきりに驚いており、

お互いに5年ぶりの再会を喜びあいながら、

当時の思い出話をしたりしてその日一日、大いに盛り上がったのだった。

もちろん、

式当日も、Nさんのおかげで、

最高にキレイで幸せな花嫁にしてもらったことは言うまでもない。

Nさん、本当にありがとう!


うれしいプチ奇跡に心から感謝した出来事だった。

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2008年9月21日 (日)

上海の親友Kの奇跡

高校時代の親友Kは、3年前の9月に、


「上海で仕事することになった」


と言って、突然日本を旅立って行った。


もともと破天荒な感じの子だったので、

私も、「ふーん、行ってらっしゃい」という感じで当たり前のように見送った。


ところが、

上海に行ってしまった彼女とは音信不通になってしまい、


1年で戻ってくると言っていたのに、


なんの連絡もないまま3年という月日が経っていた。

そして先日、

たまたまダンナと車で彼女の実家の近くを車で通った。

「実は高校の親友が上海に行ったきり、音信不通なんだよね。今、どうしてるのかな~」


と話していた。


するとその夜、PCに一通のメールがきた。

「gbu、元気?いま、日本に帰ってきてるから、時間があったら会おう」


Kからのメールだった。

やっぱり、

人は繋がってるなぁ。

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2008年4月22日 (火)

三毛猫「こっくん」の奇跡

私はこの数日、ダンナの実家の飼い猫と二人きり(一人と一匹)で生活している。


なぜかというと、

ダンナのお母さんが旅行で家を空けなければならないのと、ダンナは仕事で1週間ほど地方に出張に行って
しまっているからである。


猫の名前は「コーラ」。

三毛猫、16歳、♀。

私とダンナはコーラのことを「こっくん」と呼んでいる。(メスだけど)


見た目はなんとも愛らしい、

でっぷりと太った三毛猫のこっくんだが、

この子がかなりの曲者なのだ。


家族以外にはまったくなつかないのである。


例にもれず、私もまだ家族と認められていないため、

こっくんに触れることすら許されていない。


触れようとしたり、目を合わせただけで、

・・・いや、

正確にいうと、

私の存在を認識された時点で、


「シャーーーーッ!!」


とものすごい勢いで威嚇され、場合によってはひきつけを起こす(高齢のため)。


そんなカンケイの私たちが二人きりで生活?


うまくいくかしら?

と心配する私に、

ダンナもお母さんも、

「大丈夫だよ」とそろって根拠のない激励をくれ、二人は旅立って行った。


・・・・しかし。

全然大丈夫じゃなかったのである。


初日の夜。


こっくんは、少し緊張しつつも、

実家から持ってきたお気に入りの毛布が敷いてある、お気に入りの寝床におとなしく座っており、

この家での生活がまんざらでもないようだった。


お母さんに言われたとおり、

寝る前にお水も餌もたっぷり用意し、準備万端で寝床に入った。


この夜、私はこっくんのために、

いつも寝ている寝室のベッドではなく、

こっくんが寝ているリビングと繋がっている和室に布団を敷いて寝ることにした。


そして、電気を消し、布団に入り、いよいよ心地よい眠りにつきそうになった瞬間、


「にゃあーーーーっ!!」


ものすごい大きな声で起こされた。

複式呼吸をして腹の底から声を出し、全身に共鳴させて発しているとしか思えない、

恐ろしく澄んだ、そして通る声で突然こっくんは鳴いた。


どうやら、トイレを掃除してほしかったみたいだった。

トイレを掃除する。

布団に入る。

いよいよ心地よい眠りにつきそうになった瞬間。

「にゃあーーーーっ!!」


びっくりして飛び起きる。

こっくん、お腹が空いたようだった。


空になっている餌入れに、缶詰の餌を追加する。

布団に入る。

今度こそ、

心地よい眠りにつきそうになった瞬間。


「にゃあーーーーっ!!」

びっくりして飛び起きる。


こっくん、とっても愛くるしい顔でこっちを見て何かを訴えている。

でも、何が望みなのかがまったくわからない。

「遊んでほしいのかな?」

と思い、座布団で遊んであげようとするやいなや、

「シャーーーーーッ!!」


威嚇される。

「なんて理不尽なんだ・・・」

とやりきれない思いを抱えたまま、

布団に入る。

ようやく眠りにつきそうになった瞬間。


のし、のし、のし、のし、のし・・・・

こっくん、和室に入ってきた。


するとおもむろに私の布団の周りをぐるぐる回りだし、

私の頭の上に来るたびに、


「シャーーーーーッ!!」

威嚇する。


「こ、こわい・・・。

神様、助けて!!神様ーーーっ!!」


こっくんが悪魔に思えた瞬間だった。


私は、

恐怖のあまり布団の中でブルブル震えていた。


そんなやりとりを一晩中繰り返し、

翌朝、私はほとんど眠れないまま、会社に出勤した。

その夜、その話を電話でダンナに話した。

ダンナは大爆笑。本当に嬉しそうに腹を抱えて笑っているようだった。


そして、翌々日。

ダンナは絵を売る仕事をしているのだが、

たまたまその日、

猫好きのお客さんが来店され、昨夜のこっくんと私の話をしたら大爆笑してくださったそうで、

そのおかげで猫の話で大いに盛り上がり、

なんと、

260万もする作品を買って行ってくださったそうだ。

その夜の電話で、

「gbuとこっくんのおかげだよ!ありがとう」

と感謝された。


私としては、

手放しでは喜べない複雑な心境だったけれども、

あの夜の死闘が報われたのなら本望だと思った。


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